民主主義的アナーキスト「F」氏のブログです。サブカルチャーから社会問題までおっとり刀で書いていこうと思います。


by Mr_F
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暴力の果て

大量虐殺の収容所長、自らの罪に許しを請う カンボジア特別法廷

カンボジアの旧ポル・ポト(Pol Pot)政権時代(1975-79年)に起きた大量虐殺を裁くカンボジア特別法廷(Extraordinary Chambers in the Courts of Cambodia、ECCC)で31日、200万人が殺害されたトゥールスレン(Tuol Sleng)収容所の所長だった元数学教師カン・ケ・イウ(Kaing Guek Eav)被告(通称ドッチ=Duch、66)の公判が開かれた。

「ドッチ」被告は法廷で、200人の虐殺に関する自らの罪を大幅に認め、犠牲者に許しを求めると同時に、自らも極端な共産主義を展開したポル・ポト派幹部の「スケープゴート」で、悪名高い収容所運営の命令に従ったのは、自分の家族を守るのためだったと訴えた。

 トゥールスレン収容所長だったカン・ケ・イウ被告は、「人道に対する罪」と戦争犯罪で裁かれている。通称「S-21」として恐れられた同収容所では、1975~1979年の間に約1万5000人が殺害されたとされる。

 カン・ケ・イウ被告は「S21で犯された罪、特にあそこでの拷問と人びとの処刑に対し、わたしには責任があると強調したい。あの時代を生き抜いた人びと、また残虐に殺害された人びとの遺族に、許されることなら謝罪させていただきたい。心から後悔している」と述べた。

 1999年の逮捕時にはキリスト教に改宗していた同被告はさらに、「許しを請うための窓をわたしに与えて欲しいというのが、今現在わたしが懇願することだ」と語った。

 また、自らも犠牲者だという点については「当時は、S21に収容されていた人びとの命よりも自分の家族の命のほうが大事だと思っていた。わたしが下していた命令が罪であることは分かっていたが、党の幹部たちに盾をつくことは決してできなかった」と述べた。

AFP



この人の罪の重さは計り知れないが、世が世ならこの人もただの数学教師として今も生活していたかもしれない。

我々がこの人のようにならないと、言いきれるだろうか?


権力者からの無言の圧力は、暴力となって渦巻いている。それを批判せず、ジッとしている事は正しい事なのか。

我々もまた、沈黙する事でその暴力の片棒を担がされているのではないか?




殺される側か、殺す側か、立ち位置が違うだけで同じではないのだろうか。

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by Mr_F | 2009-04-12 20:30 | ニュース