民主主義的アナーキスト「F」氏のブログです。サブカルチャーから社会問題までおっとり刀で書いていこうと思います。


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それは誰の罪か?

クローズアップ2009:足利事件・菅家さん釈放 検察「ギブアップ」

 DNA鑑定が本格的な争点になった初の事件として注目された「足利事件」は4日、無期懲役が確定していた菅家利和受刑者(62)が釈放される異例の展開をみせた。精度の高い最新のDNA鑑定が「犯人は別人」と強く示唆したためだ。検察はあらゆる可能性を探ったが覆す余地はなく、窮地に追い込まれた末の決断。幹部は「ギブアップした」と述べた。一方、菅家さんは裁判で自白しており、プロの裁判官でさえ誤審した。裁判員制度で重大事件を裁く立場の市民からは戸惑いの声が上がった。
 ◇再鑑定を覆せず

 「このような事態に至ったことが異例で、厳しく受け止めている」。4日、東京・霞が関。会見に臨んだ東京高検の渡辺恵一次席検事は最後まで硬い表情を崩さなかった。

 5月8日に被害女児の半袖下着についた体液と菅家さんのDNA型が一致しないとする結果が判明した再鑑定は、弁護側、検察側双方が推薦する各鑑定医による2種類。検察側は再鑑定を受けて「体液が本当に犯人のものか」を軸に検証作業を進めた。

 再鑑定に使った下着は、捜査段階で実施された警察庁科学警察研究所(科警研)の「MCT118型」と呼ばれる鑑定で切り取られた穴の周囲の部分。犯人以外の汗やつばが付着した可能性を探るため、科警研に栃木県警の元捜査員らのDNA型鑑定を依頼した。だが、いずれも下着のDNA型とは一致しない。「劣化して犯人のDNA型が検出できなかったのではないか」との可能性も検討したが、2種類の再鑑定ではそれぞれ3、5カ所から同一のDNA型が検出されており、「再鑑定は犯人のDNA型が検出できていて、菅家さんとは一致しない」とみるしかなかった。

 ある検察幹部は「法と証拠に基づいて判断した」と強調する一方で「ギブアップ。後は裁判所の判断だ」と漏らした。

 ただ、検察側は全面降伏とは言えない主張も展開する。東京高検が4日、東京高裁に提出した意見書は、結論が同じ再鑑定のうち検察側鑑定を「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とし、MCT118型鑑定の誤りを指摘した弁護側鑑定は「信用性に欠ける」とした。

 血液型と合わせれば別人と誤る確率が1000人に1・2人の精度とされたMCT118型鑑定。検察側は他事件への波及を恐れてか「その精度の限度では正しかった」と主張しているように読み取れる。弁護団の佐藤博史弁護士は「検察は敗北宣言しながら過去の誤りを認めない。徹底的に争う」と語った。【岩佐淳士、安高晋】
 ◇裁判員制度、供述見極め難しく

 菅家さんの自白も有罪認定の重要な根拠だった。

 「これは女児のものか」

 「はい、そうです」

 92年2月の初公判。証拠品の着衣を見せて確認する検察官に菅家さんはこう答えた。6月の被告人質問では「『自転車に乗るかい』と声をかけて女児を誘い、乗せたが、気が変わり、わいせつ目的が生じた。抱きついたら声を出して騒がれたので、とっさに手が首にいってしまった」と心の動きまで語った。

 同年12月の第6回公判。一転否認に転じるが、その後、家族に無罪を訴えた手紙を書いた理由を説明する中で「心配をかけると思い無実だと書きました。(極刑かもしれないと)怖くなってやっていない、と話しました」などと、再度「自白」したとも言える上申書を裁判所に提出。判決直前の93年6月、再び無罪を訴えた。

 揺れる供述。プロの裁判官でも見極めは難しい。裁判員制度では、こうした判断が市民にも委ねられる。

 模擬裁判で裁判員役を務めた東京都世田谷区の無職男性(68)は「うその自白を見破るのは難しい」と不安を漏らす。墨田区の会社員女性(40)は「検察や弁護人は証拠の精度や妥当性を説明して」と注文した。

 一方、あるベテラン裁判官は「今後は公判供述が重視される。取り調べの一部録音・録画もやっている」と取り調べ状況の変化を指摘、今後の裁判には影響を与えないとの見方を示した。【銭場裕司、伊藤一郎】
 ◇DNAを絶対視するな--村井敏邦・龍谷大法科大学院教授

 足利事件の捜査、公判の経過は悲劇的だ。見込み捜査をした警察・検察、公判での自白撤回に耳を傾けなかった裁判所と1審弁護人など反省点は数多い。

 最大の問題は、捜査側が不確実な技術だったDNA鑑定を絶対視し、それを突きつけ虚偽の自白を得た点だ。最高裁は十分検討せずに追認し、DNA鑑定にお墨付きを与えた。精度が飛躍的に上がったとされる現在でも、DNAの一致を有罪の決め手とすべきではないと思う。むしろ、不一致の場合に無罪とするやり方で積極活用すべきだろう。

 そのためには警察が押収した(体液などの)試料を残し、中立機関が再鑑定するなどの基準が必要だが、日本の警察は試料を使い切る。「再試できない鑑定結果は証拠価値がない」という国際水準に従うべきだ。

 また、「死刑判決が予想される事件でも、虚偽自白がありうる」ことを示した点も重要だ。特に少年や知的障害者など自分を守る力が弱い人の取り調べには録音・録画だけでなく弁護士の立ち会いを認めるべきだ。

 裁判員制度が始まった。事件は、司法全体が「被告人の言い分に耳を傾けることの大切さ」という基本に立ち返らなければ、市民を誤判に巻き込む危険性を示したと言える。

毎日新聞



DNA鑑定が有罪の決定となった足利事件で、そのDNAの再鑑定で無期懲役とされていた菅家利和さんが冤罪と判り、再審以前に釈放された。

検察と裁判所は弁護側の求めたDNA再鑑定をことごとく退け、十七年たった今年になってやっと認め、真実が明らかにされた。


警察の不当な捜査。

検察の不当な証拠による公判。

そして裁判所による検察に言いなりの判決。


どれに最も重い責任があるのか?


日本の刑事裁判の有罪率は99%とも言われている。
最近は警察の検挙率が減っているが、かつて日本警察の検挙率は高かった。

それはまた、冤罪を量産していたと言う裏返しともいえる。



警察は正義ではない。検察も正義ではない。

だが裁判所は法の下に全ての人に平等でなければならない。人を裁く事が出来るのは法だけだ。

人は人を裁いてはならない。



よく調べもせずに、簡単に悪と決めてかかるのは、傲慢と怠惰のせいである。【ラ・ロシュフコー】

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by Mr_F | 2009-06-06 00:13 | ニュース