民主主義的アナーキスト「F」氏のブログです。サブカルチャーから社会問題までおっとり刀で書いていこうと思います。


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汝ら、人を裁くな。裁かれざらん為なり。

裁判員裁判:市民参加の理念掲げ、全国初の裁判開廷 

 東京都足立区の殺人事件を審理する全国初の裁判員裁判で、裁判員選任手続きが3日、東京地裁(秋葉康弘裁判長)であり、参加義務のある裁判員候補者49人のうち47人が手続きに臨み、「参加率」は約96%に上った。
午前10時38分に抽選で、男性1人、女性5人の裁判員6人と、病気などで参加できない場合に交代する補充裁判員3人が決定した。午後1時半から初公判が始まり、殺人罪に問われた無職、藤井勝吉被告(72)は「間違いございません」と起訴内容を認めた。国民の感覚を刑事裁判に反映させることを目的として導入された裁判員制度が、本格始動した。

 地裁は公判日程を決めた6月の公判前整理手続きで、この事件の裁判員候補者を100人と決定。辞退を認めた人を除く73人に呼び出し状を送った。さらに質問票の回答を踏まえ、3日までに18人の呼び出しを取り消した。6人には呼び出し状が届かなかった。

 午前9時10分に始まった選任手続きでは、地裁職員が事件の概要を説明し、候補者が事件との関係などを尋ねる当日用質問票に記入した。その後、秋葉裁判長が辞退希望などについて質問した。当日に辞退希望を申し出たのは2人で、いずれも認められた。

 地裁は不公平な裁判をする恐れがあると判断した候補者を不選任決定できる。今回は補充裁判員も選ぶため、検察官と被告側も理由を示さずに各6人まで、特定の候補者を選ばないよう請求できるが、地裁は、こうした不選任があったかどうか明らかにしなかった。

 裁判員が参加するのは、東京都足立区で5月1日、隣家の韓国籍の整体師、小島千枝(本名・文春子)さん(当時66歳)をサバイバルナイフで刺殺したとして殺人罪に問われた無職、藤井被告の公判。起訴内容を認めたため、量刑が争点になる。連日公判を開いて6日に判決を言い渡す。

 裁判員制度は5月21日からスタート。同日以降に起訴された事件が対象。

 ◇ことば・裁判員選任手続き

 地裁から呼び出し状を受け取った裁判員候補者は、事前に辞退が認められた人以外は、地裁に出向かねばならない。地裁は、候補者が事件と特別な関係があったり、不公平な裁判をする恐れがあると判断した場合、不選任決定をする。検察官と被告・弁護側は理由を示さないで原則各4人まで不選任にできる。当日辞退が認められたり、不選任となった人を除く候補者から抽選で6人の裁判員が選ばれる。

 ◇ことば・裁判員制度

 殺人や傷害致死、現住建造物等放火など重大事件の刑事裁判で、選挙人名簿から無作為に選ばれた国民が裁判員として審理に参加する。裁判員は原則6人で、3人の裁判官と一緒に有罪・無罪や量刑を決める。参加は義務だが、70歳以上や学生、重い病気や親族の介護・養育のほか、政令で定めた「やむを得ない事由」があれば辞退できる。裁判員法は04年5月に成立。今年5月に施行された。

 ◇解説・試行錯誤し制度育てよう

 裁判員の選任手続きが東京地裁で始まり、制度は歴史的な第一歩を踏み出した。世論は必ずしも裁判員制度に肯定的ではなく、むしろ選ばれたくないという気持ちや不安感を抱く人の方が多いかもしれない。だが、三権の一つ「司法」の懐に誰もが入り得るこの制度は、国民と司法との距離を画期的に縮めるだろう。ゆっくりと制度を育てることが肝要だ。

 裁判員制度の歴史は10年前にさかのぼる。99年7月、政府の司法制度改革審議会は、21世紀の司法のあり方について審議を始めた。01年6月に提出した意見書に、国民が「主体的、実質的」に刑事裁判に関与する裁判員制度の実現が盛り込まれた。そこでうたわれたのは「裁判内容への国民の健全な社会常識の反映」だった。

 法律のプロではない立場から、常識に沿った判断をすればいい。シンプルな制度がなぜか「どうすれば辞退できるか」といった観点からばかり注目された。厳しすぎる守秘義務など硬直的な制度設計にも一因はあろう。事件当事者のプライバシー暴露といった非常識な行為には一定の規制が必要かもしれない。だが、裁判員が任務終了後に話せるのが感想ばかりでは、制度の意義を知ってもらうことにつながらないし、制度の検証も十分にできない。

 裁判員法の成立は04年5月。制度の周知期間とされたこの5年で、厳罰化が進み死刑執行数が急増した。裁判員の心のケアを含めて「死刑に国民を対峙(たいじ)させる」ことへの準備は万端と言えるだろうか。死刑制度そのものの議論も深める必要がある。

 足利事件の菅家利和さんの再審開始決定をきっかけに、取り調べの録音・録画をどこまで進めるべきかの問題も改めて浮上している。性犯罪に絡む事件で、被害者のプライバシーをどう守るか、スタート間近になって対応策が取られた。試行錯誤しながら問題点については適切に見直しを進め、国民が安心して参加できる裁判環境を作っていかねばならない。

毎日新聞




人に人を裁く資格があるのだろうか?

自分に人を裁く資格があるのだろうか?

他人が自分を裁く資格があるのだろうか?



法は守らなければならない。社会を維持する為に。

法を犯す者は、法によって裁かれなければならない。

人は法によってのみ、裁かれるべきだと思う。



人は人を裁けない。人は法ではないからだ。

裁判官のシンボルは八咫鏡。八咫鏡は真実をくもりなく映し出し、裁判の公正を表すとされている。

だから疑わしいは、罰してはならない。しかし人は、疑わしいだけで罰する。

だから人は人を裁いてはならない。




  汝ら、人を裁くな。裁かれざらん為なり。

  己が裁く審判にて、己も裁かれ、

  己がはかる量りにて、己も量らるべし。



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by Mr_F | 2009-08-03 21:31 | ニュース