民主主義的アナーキスト「F」氏のブログです。サブカルチャーから社会問題までおっとり刀で書いていこうと思います。


by Mr_F
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迫力の横っ飛び 新女王ヨナ、思わずガッツポーズ

 フリーを終えた韓国の金妍児(キム・ヨナ)のクールな表情が崩れた。両手を上げて、ガッツポーズ。150.06点。合計も228.56点で、ともに自身が持つ世界歴代最高得点を更新し、金メダルに輝いた。

 冒頭から完全な2連続3回転ジャンプを決めた。スピードのある踏み切りから、横っ飛び。着氷を余裕を持って決めた。後半の2回転半―3回転は、二つ目のジャンプが一つ目よりも高く、迫力があった。着実に得点を積み上げた。

 アメリカ人作曲家ガーシュインの「ピアノ協奏曲ヘ調」にのって、きれいな滑りを見せる。アップテンポのSPとは正反対の古典的な世界を優雅に表現した。

 SPで首位。4.72点差で、同じ19歳のライバル、浅田がいた。ジュニア時代は浅田に負けることが多かったが、トリノ五輪以降のシーズンの直接対決で、浅田を5勝3敗と上回ってきた。それでも、ライバルとの一騎打ちになった大舞台は、得点を待つキス・アンド・クライで、心なしか緊張した表情を見せた。この種目初の金メダルを願う母国の期待を一身に背負った。その重圧をはねのけた。

 最近の五輪は、優勝候補と言われた選手がことごとく勝てなかった。2005年世界女王として翌年のトリノ五輪に挑んだイリーナ・スルツカヤ(ロシア)は3位、世界選手権5度優勝のミシェル・クワン(米)は1998年長野五輪で銀、02年ソルトレーク五輪は銅。そのジンクスでさえ、金妍児には当てはまらなかった。

 優勝候補が期待通りの力を発揮し、五輪の歴史に残る女王が誕生した。

朝日新聞



キム・ヨナと浅田真央、まるで漫画でしょ。

お互いに同年齢で、しかも最高レベルの技術を競い合えるなんて、こんな上手い話があっていいのだろうか?
世界で文字通り、こうやって頂点を奪い合えるなんて選手としてこれよりも恵まれた環境なんてないだろ。

年齢が違うとか、あるいは階級が違うとか、なかなかライバル関係って言うのは築けないものですよ。


例えばドカベンで言うなら、明訓高校と白新高校は同じ神奈川県下で最強同士にもかかわらず甲子園では競い合えなかった訳ですよ。

またやYAWARA!で言うなら、猪熊柔は最強ゆえに柔道を楽しめなかった訳ですよ。

美味しんぼで言うなら、山岡士郎の前には海原雄山がいるから、究極のメニューは究極たる訳ですよ。

北斗の拳で言うなら、ケンシロウが強くなれたのは並み居る強敵(とも)たちがいたからな訳ですよ。




目の前に自分と同じ、あるいは上回る能力を持つ相手がいるって言う事は、それだけで素晴らしいのです。
しかもそれが世界最強ともなれば、もう漫画の世界でもなかなかありえない事。



キム・ヨナと浅田真央、次のオリンピックも勿論あるんだろうけど、18才というピークで世界で、オリンピックで競い合えたって言うのは、多分それだけで奇跡。
この二人の戦いに、下らない邪推や、あるいは劣等感でもって何か言うなんて下衆の勘ぐりそのもので恥ずかしい。


我々凡人は、奇跡を目の前に出来た事に感謝しなきゃいけません。





後、ロシェットの銅メダルもね。

金メダル以外は価値がないとか言ってる、弟の七光りだけで都知事やってる三流小説家もどきは恥を知れよ。


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by Mr_F | 2010-02-26 20:45 | スポーツ
「マイマイ新子と千年の魔法」を観てきました。
http://www.mai-mai.jp/index.html








「マイマイ新子と千年の魔法」は出来も良かったし、内容も充分楽しめました。


この映画が殆ど誰にも注目されず、一部の有志の計らいで細々と公開するしかない。それがまさに現実なのかもしれない。

復活編とか言うどうしようもない駄作アニメ映画が全国200館で同時上映されて、「マイマイ新子と千年の魔法」が誰にも知られず公開を終える、日本と言う国の「貧しさ」。
お金があるかないかという貧しさではなく、社会文化としての貧しさが端的に表されている気がする。


経済的な豊かさしか追い求めず、本質的な豊かさを見失ってさ迷う。

金八先生の「人と言う字は」ではないけれど、人間は一人じゃ生きていけない。誰かに助けられたり助けたり、そうやって初めて生きていける。

豊かさや幸せはそうやって初めて、与えられる物だ。




一つの食べ物しかなければそれを奪い合うのではなく、分け合う。そんな簡単な事を誰もが忘れている。

忘れていた事を思い出す、そんな映画でした。

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by Mr_F | 2010-02-25 19:53 | サブカル
俳優の藤田まことさん死去 「必殺」シリーズなど人気

 「てなもんや三度笠」のあんかけの時次郎から「必殺」シリーズの中村主水(もんど)まで、幅広い芸域と深みのある演技で人気を集めた俳優の藤田まこと(ふじた・まこと、本名原田眞〈はらだ・まこと〉)さんが17日午前7時25分、大動脈からの出血で死去した。76歳だった。通夜と葬儀は親族のみで行う。喪主は長男原田知樹(ともき)さん。

 シリアスな中に人情とユーモアを秘めたキャラクターで愛された。特にテレビドラマでは、「はぐれ刑事純情派」の安浦刑事、「剣客商売」の秋山小兵衛といった当たり役に恵まれ、いずれも長寿の人気シリーズになった。

 1933年、東京生まれ。父は無声映画時代に活躍した俳優の藤間林太郎。19歳で地方回りの劇団に入り、歌手や声帯模写、司会などで笑いのスタイルを磨き、コメディアンとしてテレビの世界へ。初めて主演をつかんだコメディー時代劇「てなもんや三度笠」(62~68年)は、関西で60%、関東でも40%を超す高視聴率を上げ、その名を全国に知らしめた。

 その後しばらく不遇の時代が続いたが、「必殺仕置人」(73年)から登場する中村主水役で再びブレーク。コメディアンから演技派への変身を遂げた。家庭や奉行所ではうだつが上がらないが、裏で法で裁けぬ悪人を葬るすご腕という新しいヒーロー像を作り上げ代表作となった。

 映画、舞台でも活躍した。海軍に入隊した実兄を戦場で失うなど、戦争体験者として反戦、平和への願いは強く、映画「日本の青春」(68年、小林正樹監督)、「明日への遺言」(08年、小泉堯史監督)などで、その思いを演技にぶつけた。歌にも定評があり、舞台の「東海林太郎物語 歌こそ我がいのち」(84年)、ミュージカル「その男ゾルバ」(86年)などに主演した。02年紫綬褒章受章。

 08年4月に食道がんとわかり、手術。懸命のリハビリの末、同年秋から仕事に復帰した。しかし、09年秋、出演予定だったドラマ「JIN―仁―」(TBS系)を、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患のため降板し、休養。今年1月から活動を再開したばかりだった。

朝日新聞


ついこの前、剣客商売のスペシャルが放送されたのに、まさか亡くなられるとは……。



事実上、最期の映画主演となった「明日への遺言」、地味だけどいい映画でしたよ。

藤田まことさんのお兄さんは戦死されてるんですよね。同映画のアピール番組でお兄さんが亡くなったと思われる沖縄の海へ献花しに行くのですが、寂しそうだったよなぁ。

お兄さんを殺した戦争指導者の多くは戦後ものうのうと生き続けて、財閥系企業の取締役になったり自民党の議員になったり、挙句の果てには総理大臣になったりして責任を放棄し続けてきたわけですが、「明日への遺言」はそういった戦争指導者たちへの藤田まことさんなりの痛烈な批判だった気がします。


法で裁けぬ悪党どもを斬って斬って斬りまくる中村主水。

一掛け二掛け三掛けて 
仕掛けて殺して日が暮れて

橋の欄干腰下ろし 
遥か向こうを眺むれば 
この世はつらーい事、ばかり

片手に線香 花を持ち 
おっさん おっさん何処行くの

私は必殺仕事人、中村主水と申します

「それで、今日はどこのどいつを殺ってくれと仰るんで?」




しかし、膝から崩れ落ちるような感じがする。藤田まことさんが亡くなったとは……。

ご冥福をお祈りします。

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by Mr_F | 2010-02-19 04:45 | ニュース

小沢疑獄騒動、終わる

「国民の信取り戻すべく頑張る」 小沢幹事長、続投表明

 小沢一郎・民主党幹事長が4日、党本部で記者団とやり取りした内容は次の通り。

 【冒頭発言】

 「この度の私の政治団体に関連することで大変、国民のみなさま、また同志のみなさまにご迷惑とご心配をおかけしましたことを心からおわびを致します。さきほど、弁護人の方から、私につきましては不起訴という知らせを頂きました。公平、公正な検察当局の捜査の結果として受け止めております」

 「一方、私の事務所で会計を担当しておりました者が起訴ということになりましたことは、大変残念でございますし、これまた、国民のみなさんや同志のみなさんにおわびを申し上げたいと思います」

 「特に、石川(知裕衆院議員)については、国会議員でございますが、みなさまにご理解とご認識をして頂きたいことは、石川が、国会議員、衆院議員としての職責に関連してその責任を問われているわけではないということでございます。国会議員になる前の私の事務所におった時のことであるということ、それからまた、起訴の内容も、いわゆる収支報告書の形式的な点についての責任を問われていることであるということは、みなさんにもぜひ理解と認識をして頂きたいと思います」

 「いずれにしても、昨年の3月以来、大変世間をお騒がせし、国民のみなさんや同志のみなさんにご迷惑をおかけしたことを、重ねてこの機会におわび申し上げたいと思います」

 【質疑】

 ――議員になる前ということだが・・・。

 「いや、なる前っていうよりも、国会議員の職責に関連して職責を問われているわけではないと。はい」

 ――今は石川被告となったが、党としての処分はどう考えるのか。

 「これは今、あの、私自身がそれこそ、私自身の政治団体に関連しての問題でございました。そういう意味で、今日の時点では検察の公正な捜査の結果が出たという時点でございますので、そのことにつきましては、いずれ本人と連絡が取れるかどうか分かりませんが、今後考える問題だろうと思っています」

 ――以前の記者会見で、陸山会の代表としての監督責任を認めたが、道義的責任も含めて今はどう考えるか。

 「あのー、代表者ですから最終的責任は私にあるということは、その通りであろうと思います。それを否定するわけではありません。ただいま申し上げましたように、石川自身も弁護人を通じてコメントを出しているようでございますが、報道等でずっと言われてきたような不正なお金は一切もらっていないと、いうことを最後まで主張しておったと思いますし、今言ったようにいわゆる報告書の形式的なミスの責任を問われているわけでございますので、そういう意味におきましては、私はいずれにしても、中身の程度の差はあるとはいえ、代表者としてのこのように不始末をしたことにつきましては、責任を感じております」

――自らの進退についてはどう考えるか。

 「ですから、中身の問題がそういうことでありまして、私が今、代表から指名して頂いている幹事長の職責を返上しなければならないという風には考えておりません。いずれ、代表にお会いする機会があると思いますんで」

 ――一連の事件で民主党への信頼が損なわれたが、信頼回復にどう努めるのか。

 「昨年の時も同じでした。私は全国民のみなさんに可能な限り、色んな機会を通じて、お話をしていきたいと思いますし、特に去年もそうでしたが、3、4月という時期でありました。選挙の前でした。今度も7月の選挙ということでございます。私はその意味におきまして、与えられた職責、国会の予算を早く早期に成立させ、国民生活を安定させるという、国会の責任と、それから参院の選挙に国民の支持を得ると。過半数目指して最善を尽くすと。そういう自分の任務に一生懸命全力で努力をしながら、国民のみなさんの信を取り戻すべく頑張りたいと思います」

 ――党大会で検察との全面対決を宣言したが、この戦いに勝利したと考えるか。

 「勝利とか敗北とかという問題ではなくて、私は、以前からずっと申し上げてきた通り、あなた方の報道の中では水谷建設から不正なカネをもらって、土地購入の資金に充てたとか、あるいは他の会社からもゼネコンからも金をもらった、不正な金をもらったとか、いう報道が、ずっと続いたもんですから、私はそんなことは一切ない。こういうような言い方については断固、自分としては承服できないという意味で、それを強く主張して参ったということでございまして、検察当局が公平公正な捜査をやった結果だということは、それをそのまま受け止めていきたいと思っております」

朝日新聞



昨年の総選挙前から果てしなく続いた小沢疑獄騒動も、遂に完結。

凄まじい検察リークをマスコミはひたすら垂れ流し続け、その結果は不正な金のやり取りも発見されずに政治資金規正法違反という書類の記載ミスという微罪で元秘書を立件にとどまった。

西松建設や水谷建設から金の入った紙袋を受け取った云々の報道が繰り返されたが、まあ結局は全て検察が作ったシナリオだったという事。東京地検の作り話にひたすら振り回された約一年だった。

「世論を正す会」とか、まあ看板の後ろにはどうせ自民党がいたんだろうけど、まあこれが検察の正義という事か。


ちなみに東京地検には総選挙後に自民党が公金である官房機密費、二億五千万円を使い込んだ事を大阪の市民団体が告発しているのだが、これはやる気がないらしい。

国民の税金、二億五千万円を使い込んだ自民党は捜査をせずに無罪という事ですか。全く公正な捜査ですな。


検察も他にやることがあるだろうし、民主党にはもっとやってもらわなければならない事がたくさんある。
もう疑獄騒動は、いい加減にしろ。

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by Mr_F | 2010-02-05 00:26 | ニュース

角界崩壊

貴乃花親方に1票、安治川親方が協会退職へ

 貴乃花親方(37)が新理事に当選した日本相撲協会の役員改選を巡り、同親方に1票を投じた安治川親方(元幕内光法)(36)が2日夜、都内で記者会見を開き、相撲協会を退職する意向を明らかにした。

 安治川親方は立浪一門の現役力士から年寄名跡を借りて相撲協会に在籍しており、今回の選挙では本来、理事を落選した同一門の大島親方(元大関旭国)に投票することになっていた。

 安治川親方は「相撲協会を良くしてくれるという自分の勝手な判断で貴乃花親方に入れた。(名跡を)貸してくれた力士や、ほかの親方衆に迷惑をかけた。協会をやめます」と語った。安治川親方が約束通り大島親方に入れていれば、貴乃花親方と9票同士の決選投票となっていた。

読売新聞




相撲協会を良くしようと民主主義の手段によって意思を表明したら退職させられるなんて、相撲協会ってところは北朝鮮並みの独裁体制ということか。

これまで角界改革が全く進まないのも頷ける。


独裁国家は改革できない。崩壊し、ゼロから作り直すしかない。

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by Mr_F | 2010-02-03 02:03 | スポーツ

つぶやいて募金

月明かりで手術、ベルトで止血――ハイチ派遣の米医師

月明かりだけを頼りに、野外で執刀する手術。最低限の器具さえそろわず、医師のベルトが止血帯に使われる。――米ボストン医療センターから大地震の被災地ハイチへ派遣されている医師が、現場の実情を語った。

ロベルト・フェリス医師は地震発生の翌週、同僚の医師1人とともに現地入りし、米マイアミ大のチームが設営したテント内での医療活動に加わった。最先端の技術を駆使することはおろか、単純な血液検査さえできない状況に、大きな衝撃を受けたという。

フェリス医師らが最初に遭遇した死亡患者は、重傷の少年だった。足を切断しなければ、感染症を起こしたり、壊死した筋肉から放出される物質で腎不全を起こしたりして死に至る恐れがあり、一刻を争う容体だった。チームのテントには当初、手術室の設備がなく、医師らは何時間もかけて手術の可能な病院を探した。

搬送先が見つからないと悟り、医師らはその夜、野外での切断手術に踏み切った。意識不明の少年は痛みさえ感じる様子がなく、麻酔の必要はなかった。努力のかいなく、手術中に少年が息を引き取った時には、涙を流す医師もいたという。

眠れないまま迎えた翌日の未明、チームは自分たちの手術室を設置しようと決意する。照明も人工呼吸器も、輸血用血液もない。装置が届くまで待つつもりだったが、見切り発進もやむを得ない、というのが、かれらの結論だった。

フェリス医師が「一番つらかった」と振り返るのは、16歳の少年のケースだ。やはり切断手術が必要と診断されたが、外科医は「手術前に腎臓が機能していることを確認すべきだ」と主張。通常なら血液検査で分かるが、ここでは尿が出るかどうかで判断するしかない。だが、水分を与えても利尿剤を投与してみても、尿は出なかった。医師らが確認を急いでいる間に、少年は力尽きた。「ここではすでにたくさんの死をみてきたが、あの時は特に後悔した」という。「ボストンの妻に『ひどい1日だった』とメールを送ったよ」

ボストンでのフェリス医師は、優秀な医師としてもてはやされていた。だがここでは、手術室の床を掃除したり、遺体を運んで街中を歩いたりもする。「いい気になっていた私も、帰国するころには謙虚な人間になっているはず。それが唯一の希望です」と、力を込めた。

CNN


私も阪神淡路大震災の間接的な被災者ですが、天災を前に如何に個人が無力化を考えさせられる。
我々が日常受けられる医療体制ならば死なない程度の事で、天災時は人が簡単に死んでしまう。

我々は小さく、無力だ。愚かで、どうしようもない。


どうしようもないからこそ、ちょっとだけ助け合おう。

「ハイチ地震緊急支援ツイッター募金」
http://www.dff.jp/twit_haiti/

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by Mr_F | 2010-02-02 06:34 | ニュース